流域の歴史
この地域に人が住み始めたのは、今から1万年以上前の先土器時代といわれる。また、この地域の縄文文化は西方的な要素を持つ漁労文化であり、海を通じて早くから他の地域とつながりが深かったと想像される。
温泉の発見がいつ頃かは定かではないが、慶長2年に徳川家康が湯治に来たことで熱海の温泉は発展し始めることになる。熱海は江戸時代には天領となり、熱海大湯の湯は檜の樽に収められ、昼夜兼行で江戸城に運ばれたとのことである。
明治維新を迎え、伊豆には韮山県、足柄県が置かれ、明治9年に静岡県となった。明治29年に鉄道が開通すると、温泉の豊富な伊豆には多くの人々が訪れ、「東京の奥座敷」と例えられるように栄えた。文人も多数来訪しており、熱海や伊東を舞台とした文学や誌歌も多い。
昭和9年に丹那トンネルが開通すると熱海は東海道本線の停車地となり、以後観光都市として大きく発展した。その後、温泉街の発展により観光人口も増加し、熱海は昭和12年に市制を施行した。
鉄道の発達と熱海の人口変化(出典:熱海和田川水系河川整備計画)